桜はとうに散り、梅雨も過ぎて、日差しがまぶしくなったころ。
おれが舞や佐祐里さんと暮らしはじめて、もう3ケ月がたとうとしていた。
毎日が平和そのもの。たまに舞にチョップを喰らわされるが、おれも佐祐里さんも舞のチョップには慣れきっている。なにより、それを喰らっていられることを二人とも楽しんでいた。
「二人ともーっ。お昼ごはんできたよー」
台所のほうから佐祐里さんの声が聞こえた。外で素振りをしている舞に声をかけ、ダイニングへ向かう。
ダイニングに着くと、佐祐里さんは山のように盛ってあるそうめんの前に、ちょこんと座って待っていた。
「お!今日は…」
「……そうめん」
ふいに後ろから声が聞こえた。振り向くと、相変わらずの無表情で舞が立っている。
「ったく、人を驚かすなよ!」
「祐一が勝手に驚いた」
まるで自分には全く非がないとでもいいたげな、あいかわらずの口調。
「だいたいなあ、いつもお前は………」
「ほらっ!祐一さんも舞も!早くたべようよ」
佐祐理さんにせかされて、いつものように舞との戦いは中断されてしまった。
「じゃ、いただきます…と」
早速食べはじめる。やはり、佐祐理さんが作ったものは何でもうまい。たかがそうめん、されどそうめん。少なからず腕も影響するのだ。
「やっぱり、佐祐理さんがつくると何でもうまいな。十分合格だ」
「ありがとうございま〜す。でも、何に合格なんですか?」
相変わらずのぽけっとした目でこっちを見る。
「おれの嫁に」
いつぞやもこんなセリフを言ったような気がするが。
「こんなので祐一さんのお嫁さんになれるんなら、ぜひ佐祐理をもらってくださーい♪」
以前と変わらぬ笑顔。照れながらおれは、
「おうっ。おれの嫁に来てくれ!」
と言ってみた。
「はぇ?ほんとにいいんですか?」
佐祐理さんが驚いたようにおれを見つめる。
「当然じゃないか。佐祐理さんみたいなできた人はそういないし、冗談でこんなこと言える訳ないだろ?」
佐祐理さんの両頬がみるみる赤くなっていく。
「ふぇ〜っ。どうしよう、舞。プロポーズされちゃったよ」
「ズビッ!」
舞のツッコミが入る。
「佐祐理のことは、佐祐理自身が決めるべき」
…しかし、どんな状況でもこいつは冷静だな………
「う゛ー」
そんな舞をよそに、佐祐理さんはすっかり気が動転しているようだ。ぱたぱたと手を動かしている。
「さ、佐祐理は、………」
そこで佐祐理さんが一息いれた。
「祐一さんと一緒にいたい。舞は親友だし、舞が祐一さんを好きなのも知ってる。でも………」
佐祐理さんが顔をあげ、舞のほうを見た。舞もじっと佐祐理さんを見つめている。
「佐祐理は、祐一さんと暮らしたい」
ガタッ!
舞が立ち上がった。
「よく、言った。佐祐理」
それだけ言うと、舞は剣を手に取り、スタスタと部屋を出ていった。最後に、こちらを振り返り、
「楽しかった」
とだけ言い残して………

舞が出ていって、もう一週間が立とうとしていた。二人きりの生活は、はじめはどちらも微妙にぎこちなかったが、だんだんといつもの二人をとりもどしてきている。
「祐一さん、ちょっとこれ取ってもらえます?」
振り向くと、佐祐理さんが戸だなの上の箱を指していた。おれはその箱に手を伸ばしながら、
「佐祐理さん、そろそろさんづけやめないか?」
と聞いた。
「うーん。なんかもう、『祐一さん』っていうのでなれちゃってますし……祐一さんがどうしてもっていうなら変えますよ」
おれは少し考えて、
「できれば呼び捨てのほうがいいな」
と答えた。
「それと、敬語もやめてほしい」
佐祐理さんはちょっと考えて、
「じゃあ、祐一さんも佐祐理のこと佐祐理って呼んでくださいね」
と返した。
まったく、うまい返しかたがあるもんだ。おれは苦笑しながら、
「ああ、わかった」
と答える。おれは少し照れながらも、佐祐理さんと目を合わせた。
「じゃあ、改めて。よろしくな、佐祐理」
「祐一、よろしくね」
微笑みが交され、どちらからともなく顔が近づく。
「ほんとにいいの?こんな、ドジで、ちょっと頭の悪い、ただの女の子を好きでいてくれる?」
「そんな佐祐理だから、おれは好きになったんだ」
愚問に愚答。はじめからわかっていたこと。二人に言葉などいるはずもない。

二人のくちびるがそっと近づいて……
                                        Fin