それから、一ヶ月くらいの時が過ぎ、夏の日差しの厳しい日が続いていた。
……コンクールの結果が発表される、まさにその日だ。
おれと彩は喫茶店で待ち合わせて、そこから美術館に行くことになっていた。
だが、待ち合わせ場所へ向かうおれを尾行してくる奴がいる。
おれの命を狙う暗殺者だろうか…?
『待ってよ〜、大輔ちゃ〜ん』
なぜか後ろから聞こえたのは、幼なじみの声。
とすると、おれを尾行している暗殺者とは、天音のことだったのか……
『で、なんでお前がついてきてるんだ?』
『だぁってぇ〜』
アホな思考を止めて振り返ってみると、天音が肩で息をしていた。
『今日が結果発表の日なんでしょ?私も見たいもん』
と言って、おれの隣に並んできた。
『ったく……しゃあねぇなあ。彩と待ち合わせしてるから、そこ行ってからだぞ』
『えっ……?』
天音が驚いたような声をあげる。
『……わ、私、お邪魔虫だったかな』
いきなりしょんぼりモードには入る天音。
『ばっ…バカ。そんなんじゃねえよ』
軽くあわてながらも、とりあえず否定しておく。
『ほんとぉ?じゃあ、何であわててるの?』
『うっ……』
返答に詰まった。
なかなか鋭いとこをついてくるうえに、いつもより執拗に聞いてきている気がする。
『とにかくっ、おれと彩は何でもないんだ』
なおも天音は不満そうだったが、
『……もし、私がお邪魔虫だったらはっきり言ってね』
と少しの誤解を抱いたまま鞘に納めた。
それから、微妙な雰囲気のまま歩いて十分ほど。
ようやく、待ち合わせの喫茶店が見えてきた。
しかも店の前に立っている人が、彩に限りなく似ている。
そんなことを考えながら歩いていくと、
『せんぱ〜いっ!こんにちは〜』
とこちらに気付いた彩が、手を振りながら走ってきた。
『あ、橘先輩もご一緒されるんですか?』
口に人差し指を当てるいつものポーズをとって聞く。
『うん、私も、大輔ちゃんの絵見たかったから。お邪魔じゃなかったかな?』
と、やはり、さっきのを引きずっているらしい。
『全然そんなことありませんよ。こういうのって、大勢の方が楽しいですし。ね、先輩』
くるりとこちらに振り返る。
『おれに振るな。……でもまぁ、楽しいのは確かだけどな』
『ほらっ、先輩もこう言ってるんですから大丈夫ですよ、橘先輩』
にっこり笑って、天音の方を向く。
『そろそろ行こうぜ。もうすぐ開場だし』
と打ちきって、さっさとおれは歩きだした。
『あ、先輩、待ってくださいよぉ〜』
『大輔ちゃん待ってぇ〜』
後ろからパタパタと駆けてくる足音。
『焦るとこけるぞ〜』
笑いながら後ろ二人に声をかける。
だいたい、目的の美術館はすぐそこなのだ。
だからもともと、そんなに急ぐ必要もない。
ほどなくして、美術館が見えてきた。
閑静な住宅街にたたずむ、落ち着いた雰囲気の美術館。
ここが今日は、おれと彩の戦場になるのだ。
『いよいよですね………どきどきです』
彩がつぶやく。
おれも平静を装っているが、心臓を打つ鼓動がかなり高鳴って聞こえる。
『じゃあ、入るか』
意を決し、中に入っていくおれと彩。その雰囲気に小さくなってついてくる天音。
美術館のホールにはいると、一枚の絵の前に人だかりが出来ていた。
おれの絵か、彩の絵か。
はたまた第三者の絵か……
様々な思惑が交錯したコンクールに、今終止符が打たれる。
結果は、すぐそこだ。
『あ……』
隣で彩が声を漏らす。
ホールの中央に飾られた絵に描かれていたのは、まぎれもなくおれの顔。
そう、彩の絵だった。
『私が……大賞?先輩に勝ったの?』
全く信じられないように、自分自身に尋ねるように、何度も繰り返す。
ある意味、おれはこの結果を予想していた。
……モチベーションの差。
それが、今回の結果に如実に表れた。
『おめでとう、彩。完敗だよ』
お世辞でもなんでもない、おれの本心だった。
『はいっ。ありがとうございます、先輩』
満面の笑みを浮かべ、本当にうれしそうな彩。
『そうそう』
おれは振り返って、
『わりぃな。大賞取れなかったわ』
と天音に謝った。
『いいよぉ、大輔ちゃん一生懸命頑張ったんだから私あきらめれるよ』
こっちも笑顔だが、やはり満面の…というわけにはいかない。
そのやりとりを聞いていた彩が、
『ふぇ?なにかあったんですか?』
と口を挟んだ。
『あ〜…とな』
突然の問いに、ちらりと天音を見る。
あいまいな顔をするかとも思ったが、予想に反して天音は軽くうなずいた。
…話しても良かったのか……
気を使って話さないようにしていたのだが、それもおれが勝手に思い込んでただけだしな……
気を取り直し、
『こいつがさ、おれがコンクールで賞金とったら旅行に行きたいって言ってたんだよ』
と彩に説明した。
『ふぇ?』
ちょっと、意外そうな顔だ。
『なら、ちょうどよかったです。私の目的っていうのも、先輩と旅行に行くことでしたから』
『えっ……』
予想外の言葉に、今度はこっち二人が驚く番となった。
『それって……』
声をかけるが、彩はこちらを気にする余裕がないよう。
『えっと、先輩、私と旅行しませんか?もちろん、橘先輩も』
と言って、顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
……明らかに冗談の類ではない。
ドッキリカメラが入ってるのも考えにくい。
とすると、やはり本気か。
『彩、おれなら…』
『あ!きっとあれよ藍。なんか人が集まってるし』
突如背後から聞こえた声に、おれの声が遮られてしまった。
それが誰かは、見なくても分かる。
いつもおれに中段飛び蹴りを食らわしてくる、おれの義妹の恋だ。
渋々、声のした方に振り返る。
案の定、そこには恋とその友達の藍ちゃんがいた。
『おぉ我が義妹よ、何しに来た』
ちなみに、無駄に重いこの言葉になんら意味はない。
『あんたがコンクールに出展したって聞いて、藍が行きたいって言うから来たのよ』
いつものそっけない素振りだ。
が、
『あら、私は恋ちゃんがぼやいてたのをしっかりと覚えてますわよ。確かあれは……』
『わわっ、藍、それはいいのっ。で、あんたの絵、これ?』
いつものコントとも取れるやりとり。
そして、恋はやたらとあわてて話を変えた。
『いえいえ恋ちゃん、これはこちらの美咲さんの絵ですわ』
美咲、とは彩の名字である。
鷺ノ宮財閥のお嬢様である藍ちゃんの母親と、彩の母親とが知り合いで、藍ちゃんも彩の絵を昔から見てきたらしい。
だからだろう。
壁にかかっている絵とは、それなりに離れている。
もちろん作者の名前など見える距離ではないのだが、にもかかわらず誰が壁の絵を書いたかを言いあてれるのは、さすがとしか言いようがなかった。
『あらあら、天才のお兄様にも勝てない相手がおありでしたのね』
恋は少し驚いたふうだったが、結局いつもどおり、皮肉たっぷりに言った。
おれは
『ま、今回は完敗だったかな。次は負けないが』
と、ちらっと恋を見て、そして、彩を見据えた。
自信にあふれた顔をのぞかせる彩。
二人の間に、無言のやりとりが繰り広げられる。
かわいい後輩ではなく、一人の好敵手とのやりとりだ。
だが、その雰囲気に耐えきれなかったのだろうか。
『彩ちゃ〜ん、さっきの話はぁ?』
と、天音が見事に話の腰を折ってくれた。
『ふぇ?』
いきなりの展開に彩も戸惑い気味。
ここまで見事に雰囲気をぶち壊すとは、さすがは天音だ。
その様子を見て、
『さっきの話?』
と恋も興味津々の様子。
『彩ちゃんが獲った賞金で、みんなで旅行に行こうって話だよ』
と、目を輝かせて天音が説明した。
『さっきは、先輩と私と橘先輩とで行こうって言ってたんですけど、良かったら鷺ノ宮さんたちも行きませんか?』
やたら礼儀正しく、彩は二人を誘った。
…同学年なんだから、もっと楽に話せば良かろうにとも思うが、彩らしいといえば彩らしい。
『恋でいいわよ。そっちの方が楽だし。ね、藍』
『ええ。私も、藍、と呼び捨てになさって結構ですわ』
……一番礼儀正しく言ってる本人がこう言うのも説得力がないが、二人の言うのももっともだ。
それを聞いて彩も、
『じゃあ、恋ちゃんと藍ちゃんも、旅行に行きません?』
と呼び方を変えた。
丁寧に言うのはもともとだから、さっきに比べれば格段の進歩といえよう。
『もちろん行くわよ。ね、藍』
と、待ってましたとばかりに恋が答える。
『ええ、お邪魔でないのでしたら、是非行きたいですわ』
藍ちゃんもにこやかに答えた。
『じゃあ決まりだね。彩ちゃん、どこに行こっか?』
と、天音が主催者のごとくまとめたが、おまえが賞金とったわけではなかろう……
だが彩は、そんなことはおかまいなしに
『私は、先輩と旅行にってことしか頭になかったから、どこに行くかは……そういう橘先輩は、どこか行きたいとこがあるんじゃないですか?』
と逆に天音に聞いた。
『私は、海とかもいいなぁって思うんだ。どうかな?』
それを聞き、
『最近暑いし、それもいいわね』
と恋。
『ああ、ちょうどいいよな』
おれも相づちを打つ。
『それじゃ、海にけって〜い!』

fin